他県に出ることが憚られたこの夏は、泊まりで浅草まで出かけ、
ささやかな旅行気分を味わってきました。
浅草まで行ったからには、江戸前グルメの二つや三つは食べておきたいところ。
私としては、天丼とともに鰻も外したくない、下町グルメのツートップ。
浅草周辺には、当然のように鰻の有名店がいくつもある訳ですが、今回伺ったのは
雷門の隣町、駒形にある「前川」さん。
江戸文化が花開いた文化・文政年間の創業で、何と200年の歴史をもつ老舗鰻店です。
店名は、江戸期には「大川」と呼ばれていた隅田川に面していたので
「前川」と名付けられたとか。
地震や戦災により移転することはあったものの、「隅田川を眺めながら鰻が食べられる」
ってことが、ずっと前川さんのアピールポイントになっていたようです。
昭和の終わり頃に再移転したという現店舗も、雷門からほど近い駒形橋のたもとから・・
・・隅田川沿いの路地に入って、すぐのところ。
この裏側は、もうすぐに隅田川です。
店構えが立派なので、通りがかりにフラッと入るにはかなり度胸がいりますが、
店頭のボードにメニューが置いてあるので、懐具合と相談することはできます。
この日は事前にメニューを確認した上で、しっかり予約もしてあるので、
少しもびびってない風を装いながら、中へと(笑)
一階で靴を預け、案内されたのは二階の広間。
持って上の階にも個室や座敷があるようです。
エレベーターがあるので、足の悪い方も心配はご無用。
窓側の座卓席に案内されると、外には隅田川と駒形橋越しのスカイツリーの絶景!!
アサヒビールの“何か別の物に見える”黄色い巨大オブジェや、
川を行き交う遊覧船も眺められます。
こんな景色を見ながら食事ができるなんて、
お上りさん的には心躍るプライスレスな体験(喜)
今昔の江戸・東京を感じる実に良い景色です。
江戸の昔の旦那衆は、柳橋で芸者と遊んだあと、船で前川に漕ぎ着け、
蒲焼を食べて帰ったそうで、そんな昔の華やかな風情も偲ばれます。
広間には、ゆったり目に間をとって、座卓が窓側に5卓、
廊下側に4卓並んでいますが・・
価値が高いのは、圧倒的に窓側の席。
前川に来るのなら、予約時に窓側の席に座れるか、確認しておいたほうが良いでしょう。
空いてなければ日時をずらすか、諦めて別の店に行ったほうが精神衛生上良いですね。
高い鰻を食べながら
「あっちの席の方がよかったなぁ」
なんて考えていたくないですからね。
メニューを見ると、お目当ての鰻重は2種類。
通常の養殖うなぎのものと、ブランド養殖鰻である坂東太郎のものがあって、
それぞれに(並)、上、特上の3段階があります。
その他、白焼きや肝焼などの一品料理も一通り揃っています。
前川さんでは、大昔は懇意にしている利根川のウナギ漁師から、獲れた天然鰻を送って
もらって焼いていたそうですが、今じゃ東京で消費するほど天然鰻なんて獲れません。
メニューにあるうなぎ坂東太郎(=利根川の別名でもある)とは、
利根川河口の銚子市の養鰻業者が、かつての利根川産の天然鰻の味に近づけようと
育てているブランド養殖鰻のことで、ふんわりした身とあっさりした脂が特徴。
天然鰻が獲れなくなっても、坂東太郎をレギュラーメニューにしているのは、
前川さんの歴史の繋がりと、食材への想いを感じられて何だか良いですね。
ちょっと高いけど。
そんな訳で注文したのは、坂東太郎のうな重の(上)。
そして、最後の一本が残っていると言うので、肝焼き(1,000円)を一本。
まず肝焼きが出されたのですが、これが食べると「おっ!」と思わされるほど上品な味。
肝焼きですから、少々苦味はあった方が美味いのですが、
これは喉に残る嫌な臭みや雑味を一切感じないような優しい味をしています。
下処理が良いのか鮮度が良いのか?、はたまたこれが坂東太郎の肝の味なのか?
よく分かりませんが、とにかく美味いです!
続いて、坂東太郎 うな重(上)6,500円が登場。
特上にしなくても、鰻のボリュームは(上)で十分!
見るからに身も厚そう。
色も綺麗な飴色・・・
・・なのですが、もう少し炭火で焼いたような焦げ目があっても良いような?
ちょっと物足りないような、不安がよぎる焼き色をしています。
実はこの数日前に、たまたまBS放送で鰻料理の特集番組があったので見たのですが、
さすが浅草の老舗、前川さんもそこで紹介されていました。
その時、厨房も写されていたのですが、炭火ではなくガスで焼いていたような??
まさか見間違えかな?….なんて思っていたのですが、調べてみるとどうやら今の店に
移転するのを機に、炭火からガスに切り替えたようです。
まぁ、炭火でなくても美味い鰻屋はありますから、兎に角食べてみましょう。
まず、ちょっとお重の蒲焼きをずらして見ると・・・
ご飯にも、歴史を背負ったタレが廻し掛けしてあって美味そう。
ここらへんの配慮に抜かりはないですね。
食べてみると、身は厚いのに中はフワッと柔らかく、
味は脂がスッキリしたとても上品な味わい。
また、これだけ柔らかいのに、身がクタっとしておらず、箸で持ち上げても
しっかり形を保っています。
身の薄い鰻をよく蒸してから焼くと、持ち上げたときにヘナっとして形が崩れますよね。
(それが良くないって訳じゃありません)
柔らかいのにこのしっかり感があるのが、坂東太郎の肉質なんでしょうか?
こんな蒲焼きがあるのかと、少々驚きました。
BS放送でも、前川のご主人が
「一番のこだわりは食材の質」・・・と、確かそんな意味のことを話していたはず。
納得致しました。
タレの方は東京のタレらしく、甘ったるくも重くもなくて、あっさり目の味。
全体に上品な料亭の味的な鰻重で、これなら
「鰻の脂って、ちょっと苦手かも」
なんて言う人にも喜んで食べてもらえそうです。
私の好みとしては、よく蒸してから焼く関東風の蒲焼きが好きなので、
もう少し香ばしさがあっても良いとは思いつつ、大変美味しく頂きました。
でも多分、「鰻の蒲焼きはこうあるべき」って
好みの定まった本格的な鰻フリークな人達からは、
「物足りないぞ」って、思われるかも。
それと、私は全く気付きもしなかったのですが、
妻殿は鰻に極細い骨が残っているのが気になった様子。
多分、炭火の高温で何度も焼き返していれば、身の厚い鰻であっても、
そんな下処理しきれなかった細い骨なんか、焼き切れてしまったんじゃないかな?
(素人考えですけどね)
この他、鰻重には肝吸いとお新香、甘味がついてきますが、
このお吸い物も、出汁がよく出ていて美味かった。
大黒家のお吸い物も美味かったし、浅草のお吸い物ってみんなこんなに美味いの?
卓上には山椒が置いてありますが、黄緑ががった鮮やかな色をしていて、味も鮮烈。
とても特徴的な刺激があったのですが、蒲焼きの味や香りが上品なので、
掛ける必要はほとんど感じなかったですけどね。
食べ終わった頃に、甘味のフルーツ(メロンでした)を持ってきてくれましたが、
正直、これは別になくても良いかな?
お店としては経営上、料理に高級感を出したいのかもしれません。
実は、前川さんの鰻を食べたかったのは、歴史小説家の池波正太郎さんが
「むかしの味」という随筆(食レポ?)で紹介していたから。
浅草生まれの池波さんがまだ子供だった頃から
「前川」の鰻は、特別なご馳走だったそうです。
若い頃にお世話になった恩人も戦争中に病に倒れた際、病床で
「前川の鰻が食べたい」と何度も言っていたので
それらしい鰻を苦労して用意したのだとか。
そんな話を聞けば、一度は前川の鰻を食べてみたくなるってもんてしょう。
でもこの本の出版は昭和63年で、その2年後には池波さんも亡くなっています。
彼が懐かしんだのは、炭火で焼いていた旧店舗の鰻だったはず。
さらに戦前は、鰻もまだ利根川の天然鰻を使っていたのかも。
随筆に登場する鰻重とは、幾分味が違ってきているものと思われます。
人も食材も社会情勢も変わっていくのですから、それは当然と言えば当然。
では何を残して何を諦めるのか?
老舗の有名店と言えども、店を残していくための判断は難しそうです。
(前者が景色・効率・高級感・鰻の質で、後者が炭火になるのかな?)
池波さんも、
「鰻にかぎらず、これからの料理やの経営は大変なことになる一方だとおもう。」
と、既に昭和の終わり頃に書いておられました。
食後は、駒形橋から吾妻橋あたりまで、隅田川沿いのテラスを散歩するのも
気持ちが良くてオススメです。
風も通るし、景色も良い!
このあと、向こうに見える東京スカイツリーにも行ってきたのですが、
下のソラマチというショッピングセンター内にも、前川さんの支店がありました。
そちらの支店を覗いて見ると、ビルの中なのに何と炭火で鰻を焼いています(驚)
本店が炭火でないのに!?
建築基準法の許可とか、いろいろ大変だったんじゃないでしょうか?
こんなところも、老舗が生き残るための試行錯誤が見てとれるのかもしれません。
【前川 本店】
■所在地 東京都台東区駒形2-1-29
■営業時間 11:30-21:00
■定休日 無休
■最寄駅 都営浅草線・銀座線、東武線 浅草駅
■駐車場 なし