村上の旧城下町エリアには、空き家となっている古い町屋が散見されますが、そのうちのいくつかは茶店などに改装され、通りに賑わいを添えるようになってきました。
そんな中、鮭料理の専門店として名の知れた「千年鮭 きっかわ」さんが・・・
道向こうの元旅籠屋であった大きな町屋をリノベーションして、村上茶の茶館をオープンさせました。
茶館きっかわ『嘉門亭』さんです。
村上茶とは、商業ベースでは日本の「北限の茶処」とされる、ここ村上市特産の日本茶で江戸時代から続く歴史があります。
特徴は、この地方の日照時間が少なく、寒冷な気候により、渋みが少なく甘味の強い、花のような爽やかな香りをもつ、まろやかな味わいのお茶であること。
また、静岡などの大産地と比べると、生産量が圧倒的に少なく希少性があります。
村上茶の主要な茶園である九重園や、富士美園にも喫茶スペースはありますが、村上茶を現地で本格的に味わえる店って意外と少ないので、これは村上茶の味を広く知ってもらうためにも貴重なお店となりそうです。
🌀外観と店内の様子
村上の旧城下町には、間口が狭くて奥行きが長い、謂わゆる町屋造りの古民家が多いのですが、嘉門亭さんの建物は元旅籠だったせいなのか、間口が広く堂々としていて、外観には風情と存在感があります。
往時、この2階の縁側から、宿泊客が外の通りを見下ろし、寛いでいたであろう様子が目に浮かぶよう。
入り口には、大きくまっ白な暖簾。
まるで時代劇のセットのようですが、正真正銘の本物の古民家です。
店構えに高級感があるので入るのにちょっと躊躇してしまいますが、店内に入ってすぐの土間スペースは、煎茶道具などの展示販売コーナーになっていました。
茶器を入れる藤の籠や村上堆朱の茶托など、並んでいるのは趣味の良い品物ばかり。
眺めていると、不意に沸々と湧いてくる物欲を抑えるのに苦労させられます(笑)
お店の方が出てきてくれたので、予約をしていない旨伝えると、席に余裕があるようで、すぐ席に案内してくれました。
靴を脱いで板張りの喫茶フロア(=お茶フロア)に上がると、そこは奥の一面が中庭に面した板張りのスペース。
剥き出しの太い梁がわたる天井にシャンデリアが下がり、その下にテーブル席が並ぶ和洋折衷スタイルとなっていました。
中央に据えられた大テーブルの板材は、新潟の建具屋から仕入れてきたという、大きくて分厚い一枚もの古材。
大きすぎて、フロアに運び入れるのに大層苦労したそうです。
こんなに大きさがピッタリで、立派な板材を見つけてしまったら、そりゃあ手に入れたくなりますよね。
趣味とこだわりを感じる店内です。
先客は一組だけだったので、中庭に面したテーブル席に座ることができました(喜)
しばらくは空き家となっていた建物なので、庭も荒れ果てていたそうですが、「きっかわ」のご当主が東京から庭師を呼んできて造り直したそうです。
新しく庭を造るなんて、きっと楽しい作業だったでしょうねぇ。羨ましい。
町屋の中庭と聞くと、坪庭ほどの大きさをイメージしますが、ここのは普通よりも広い庭。
こんな庭を見ながらお茶できるなんて、実に優雅な気分。
少人数でお茶するなら、やはりこの3つある庭に面したテーブル席が特等席。
テーブルの天板は、ピカピカの鏡面のように磨かれているので、庭の木々がテーブルに写り込んで綺麗。
今の緑の葉の時期も良い色だけど、紅葉の時期もまた「映える」彩りとなることでしょう。
🌀メニューと料理
メニューは、村上の名産品である村上木彫堆朱(厚く塗った漆に彫刻を施した工芸品)の箱から出てきました。
深みのある紅色の彫刻が実に美しい。
この店は、本当にちょいちょい、私の物欲を刺激してきます。
お店の看板メニューは、村上茶(四煎)に一口菓子が付いた『村上茶コース』。
お茶はスタッフがこのお店流の「亭主の茶」と呼ぶお手前で淹れてくれます。
元々、村上の旧家では、来客があるとお家の亭主が自らお茶を淹れ、もてなす風習があるそうで、それぞれの家で各々の淹れ方があるのでしょう。
ここは、きっかわさん流の淹れ方で、おもてなししてくれる「お茶セレモニー」の店なのです。
お茶は煎茶、番茶、焙じ茶の3種から選べ、一口菓子の数を2つにするか、5つにするかで値段が違ってきます。
それぞれ、お茶が四煎に 「一口菓子二つ」で3,300円、「一口菓子五つ」が4,400円となっています。
お値段は、喫茶としてはかなりお高めの設定だと思います。
ランチならこの値段で、イタリアンやフレンチのコース料理が食べられますからね。
しかし、村上茶のファンの私としては、茶葉の量やお湯の温度、淹れる時間など、地元の旧家ではどのようなお茶の淹れ方をしているのか、是非知っておきたいところだったので、その授業料も込みと考えればリーズナブルであると判断。
『村上茶コース(上煎茶) 煎茶四煎 一口菓子五つ』(4,400円) を注文しました。
その他のメニューとしては、村上茶コースを楽しんでいると、1時間半以上時間が経ってしまうので、
時間短縮版の「35分の特別コース」3,300円や、
煎茶と一口菓子が二つのみの「村上茶セット」1,600円、
さらに3種ある「特製ソフトドリンク」セットとして、
「特製ドリンクにアイスとほうじ茶」のセット 1,870円、
「特製ドリンクにアイスと焙じ茶と一口菓子二つ」のセット 2,600円
といった、お手軽版メニューがあります。
さて注文後、まずコップに入れられたお水と、茶さじでも入っていそうな竹筒がでてきました。
竹筒は、そのまま茶道具になりそうな味のある色合いのもの。
きっかわさんは、江戸末期には酒造業も営んでいたそうで、お冷はその仕込み水にも使っていた井戸水で、癖もなく美味しいお水でした。なるほど、この水で淹れたお茶も、大層美味しくなりそうです。
スタッフさんが「竹筒を開けてみて下さい」と言うので開けてみると、中には細身のお絞り(!)が入っていました。
品が良くて、楽しい演出です(楽)
続いてお茶を淹れる準備にかかります。
棗と大きな茶則も村上木彫り堆朱です。
特に彫りがハッキリして、漆の深い色合いが美しいこの棗なんて、本当に魅せられます。
ほ、欲しい! でもお高いんですよね。
大きな茶則から急須に入れられた茶葉は、深緑色で針金状に整った見るからに高級そうなもの。
それを、贅沢にかなりの量を使ってくれています(喜)
それではまず、一煎目。
一煎目は、お茶の旨みだけを味わうため、ごく低温の湯(30°くらい)を湯冷しから、少しだけ急須に注ぎます。
それほど時間をおかず煎茶碗に注いだお茶は、ほんのりと淡い飴色。
量はほんの一口。
口にすると、お茶の旨味だけを感じる、お出汁のようにも思える味がします。
ほう、この挿れ方だと、こんな味のお茶になるのですね。勉強になります。
いやでも、なんて贅沢な淹れ方。
二煎目は、もう少し高い温度のお湯で。
一煎目より色が濃くなり、飲んでみるとトロッとした口当たりに甘味を感じます。
鼻からは、重厚さはないものの爽やかで花のような、村上茶の特徴がよくわかる香りが伝わってきます。
このくらい少量の冷まし湯だけで、まず一杯淹れた方が香りがきわだつのかなぁ?
なるほどねぇ。
そういや、一煎目はどんな香りだったかな?
味にばかり気を取られて、香りにまで気が回らなかったや。
ここで茶葉を少しだけ取り出して小皿に盛ってくれました。
自家製ポン酢を掛けて、食べてみて下さいとのこと。
こういう趣向は、何かのテレビ番組で見たことあります。静岡の茶所への旅行番組だったかな?
お湯を通して少し柔らかくなったところで茶葉を食べ、直接味の確認ってことですね。
茶葉ですから筋っぽい食感ですけど、村上茶らしく渋みや雑味が少なく、お茶の爽やかな風味があります。
ここまで、低温のお湯で、少しの量のお茶しか淹れていないので、まだまだ茶葉は針金状で開き切っていない状態。
ここで、恭しく村上堆朱の箱に入れられ、お待ちかねの一口菓子の見本が登場。
確か、とうもろこし、干し柿のバターサンド、柑橘系(なんだっけ?)、クリームチーズあえ、干しイチヂクの五種類。
彩りがあって、見た目が可愛い一口菓子たちです!
たぶん、季節毎に旬の食材に入れ替えたりしているのでょう。
一口菓子二つのコースだと、この5つの中から2つを選ぶことになりますが、こんな可愛らしいお菓子を見せられたら、全部食べたくなるに決まってます(笑)
一口菓子5つのコースにしておいて良かった。
そして、お菓子に合わせて三煎目のお茶。
お湯の温度も上がってきて、60〜70°くらいかな。
色も一段と濃くなって、トロトロの強い甘みに控えめな渋みが加わり、味のバランスが整った煎茶となりました。
自宅で自分で村上茶を淹れる時は、この色と味を目標にすれば良いのですね。
先ほどの一口菓子も、銘々皿に入りかえられて並びました。
可愛らしくも美しいビジュアルです。
砂糖が庶民の口に入るようになるまでは、甘味と言えば枇杷や柿などの果実が主なものだったそうですが、この一口菓子たちも砂糖に頼らずに、それぞれの果実の甘味や風味を生かした味わいとなっていて、感動的に素晴らしい(喜)
どれも味にしつこさがなく、それぞれに違った甘さを楽しめ、身近で素朴な素材を使いながら、高級和菓子の風格さえ感じます。
そして何より、この自然な甘みが煎茶に合う!
お抹茶用のお菓子より小さめな大きさなのも、ちょうど良い!
余計な心配ですが、小さな一口菓子を作るのに、こんなに手間ひまかけてしまったら、コスパは悪いよねぇ。
でも、煎茶に合わせて複数の一口菓子を味わえる贅沢と、その満足感を考えると、この手間ひまには意味があると思うのです。
このとうもろこしの練り菓子も、可愛らしく仕上げられていて、見ていて楽しい。
とうもろこしも、昔より糖度の高い品種のものが出回るようになってきたせいか、このお菓子も上品な甘味と味わいの塊です。
お客も訪問先で、こんな可愛らしい手作り菓子を振る舞われたら、歓迎してくれている感じが伝わってきて、嬉しくなっちゃうことでしょう。
しかし、きっかわさんは、鮭料理の店のはずなんだけど、誰がこの一口菓子を作っているのかな?
アイデアを考え出すだけでも、たいした才能だと思います。
一口菓子を食べ終わった頃、最後の四煎目となります。
今度は、変わり茶です。
とうもろこし、紫蘇、茗荷、生姜、トマトのうちの一つを選んで、急須に足して味変します。
日本茶のフレーバーティーですね。
三煎目で茶葉が開いてきているはずですから、四煎目で味を付け加えるのは合理的な趣向。
トマト以外は、どれも煎茶に合いそうだし、きっと美味しい変わり茶になることでしょう。
味もだいたい想像できるのですが、どれも良さげで決めきれない。
そこで妻殿に選ばせると、まさかの「トマト」のご指名(驚)
まぁ、想像しづらい味を試すのも良かろうと、トマトでお願いしました。
飲んでみると、トマトの酸味と甘みが加わって、やけに暑い夏の飲み物としては、清涼感があってイケる味。
試してみるものですね(楽)
御茶請けに、村上名物の「鮭の酒浸し」と「葡萄羹」も添えてくれました。
これにて、四煎目までのお茶をいただいたことになります。
ご馳走様。
これで、きっかわのお茶セレモニーの技を盗んだぞ(喜)
ふと時計を見ると、ここまででやや2時間も経過しています(驚)。
すっかり楽しませてもらいました。
「帰る前に時間があれば、お庭にも出られるし、旅籠として使用していた二階も見ていって下さい」と言っていただいたので、急ぎ気味で見て回ります。
狭い昔ながらの階段を上がると、二階は客室だった畳部屋。
昔の建物ですから、襖で小さく仕切ったり、開け放って大部屋として使ったりしていたのでしょう。
上から庭を眺めながらお茶をするのも素敵でしょうけど、階段が昔の狭くて急勾配のものだから難しいかな。
次に、下に降りて庭に出させてもらいました。
緩やかな起伏、苔の緑と白砂利のコントラスト、灯籠と庭石の配置。
これぞ日本の美意識。
この苔を綺麗な状態で管理し続けるのって大変なんでしょうね。
季節ごとに彩りを加えるだろう木々の葉も、夏は緑一色に繁り、木陰をつくりだしています。
上の写真は庭の向こうから、先ほどの母屋のお茶サロンを振り返った景色。
中庭を挟んだ向こう側にも、「麹カフェ」として改修途中の別棟があります。
こちらは、お茶サロンよりも手軽なメニューを提供するべく準備中とのこと。
街歩きに疲れたときに、フラッと休憩に立ち寄れるスポットになりそう。
簡単な軽食なんかも用意してくれると嬉しいかな。
その横には、中庭とは別に麹カフェを囲むように奥庭が作られていました。
奥庭にも灯籠が据えられていて、一つの庭の景色として完結しています。
京都のお寺にでも来たみたい。こりゃあ、すごいや。
庭も綺麗だったし、特別感のある素敵な時間を過ごさせていただきました。
お茶が好きな方や、お庭が好きな方には、是非お勧めしたいお店です。
妻殿もいたく気に入って、「村上に来たら、また寄ろう!」と申しておりました。
お支払いは、当然私ですけどね。
よござんす、この満足感が得られるなら、私も頑張っちゃいますよ(笑)
村上を去る前に、いつものように「九重園」さんで、村上茶を買い込んでいくことにします。
世の中便利になったもので、ネット販売で東京にいても取り柄せられるようになってますが、ここで買っていけば送料もかからないですからね。
お店の方に、嘉門亭さんで村上茶を飲んできたけど、「すごく高そうなお茶を贅沢に使っていましたよ」などと話したら、もちろんご存知で、この煎茶(=最高級の天禄)を主に使っているはずと教えてくれました。
そう聞いたからには、その天禄も含めて勿論、普段使いのお茶も含めて何銘柄か買って行きますけど、嘉門亭さんの四煎の味を自宅で再現するには、何度か温度や時間や茶葉の量を試行錯誤が必要かもしれませんね。目の前では見ていたんですが。
当初の予定より、随分ゆっくりしていまいました。
この後、もう一箇所、村上の日本酒を買ってから、急いで県境を越えて、鶴岡市内の温泉に向かうことにします。
茶館【きっかわ 嘉門亭】
■所在地 新潟県村上市大町3-7
■営業時間 10:30~17:00(Loは16時)
■定休日 毎週水曜日、木曜日(祝日の場合、前日か翌日) その他不定休
■最寄駅 JR羽越本線 村上駅
■駐車場 有り(但し、市役所北隣の観光客用駐車場が広くて便利)